今の自分に足らないもの。


夏のヨーロッパ遠征
この夏、ヨーロッパへ来てからイタリアでのU23ネイションズカップUCIレース、フランスでは数戦のレースを走ってきて、レースを走るたびに何かが足らないと感じていた。それが何なのかわからずずっと突っかかっていた。練習もよくできていて調子も良い。でも、レースを走ると何かが足らない...


レースを走り終えた後の身体のキツさや脚の痛み、身体が使い物にならないボロボロになっている感じがレース後にしないことに突っかかっていた。レースは頑張っているつもりなのだけど。イタリアでのレースを終えてフランスへ帰る車の中で考えて自分なりのひとつの答えを見つけた気がする。


結果を求めレースを走っている。もうレース内容や、どう動いたとかいう展開的なことなど、そういうことが評価される時期は自分は終えている。結果、数字こそが全て。
どのレースでも最終局面の勝負のことを考えてレースを走っている。180kmのレースだったら後半に力勝負ができるように力を貯めていかないと最後の力勝負を戦えない。
それはもちろん大事なことだけど、その意識がレース中に数多くある生き残るか取り残されるかの境界、重要な一瞬に力を出すことにブレーキをかけてしまっているとしたら、その一瞬に迷い全開で踏んでいくことができなくなる。そして生き残れないという失敗を自分はここ数レースも繰り返している。力を使うことを恐れてその一瞬を見極めて全開になれていない。


苦しい場面での判断というのは受け身側に偏りやすいが、全開で踏み切ってオールアウトすることを恐れてトライしないで取り残されるか、それを恐れずその一瞬を見極めて全開でもがいていって生き残ることにトライしていけるか、ここが今感じている壁。この壁を乗り越えないとどちらにせよ先へは進めない。
この世界舞台のレースで順位争いの勝負をしている選手、力だけ見ても、正直なこと自分より強いと感じる。そういう選手たちと比べて自分の力が足りていないのは確かかもしれない。それでもレースでは彼らと勝負して勝つためにはどう走れば勝負できるか、勝てるかを考えて工夫を積み重ねてレースを走っている。


今更ながら、課題とすべきことがこのようなレベルの低いことで悔しく思うが、今の自分はもう一度、このことを課題として向き合い直す必要がある。結果はどういう結果であろうとも後から付いてくるもの。先ずは恐れずに目の前のこの重要な一瞬を狂って踏み切って生き残らないと、その先にあるレースの本当の勝負には加われない。


そこに到達しそこでの勝負に勝つため、先ずは目の前の壁を苦しさと共に乗り越えたい。